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●女と財産連載 その2

2008年7月15日

いきなり、ひとりになったとき

死に順番はない。死は突然、やってくる。
 婚姻していることに頼っていても、自分の人生のどこかでそれが終わってしまうことになる。「オレが一生守ってやる」などというプロポーズほどあてにならないものはない。相手と離婚しないように努力することはできても、死別しないように努力することは難しい。女性の方が平均寿命が長く、女性のパートナーの方が年下であることがまだまだ多い日本では、パートナーの死別を体験する女性は、死別を体験する男性よりも圧倒的に多い。

 私の母がそうである。夫である私の父は、休むことなくまじめに職場に毎日通い、家族を養うためにと一緒懸命だった。父はとくに病気らしい病気をしたこともなかった。しかし、その父は定年退職を間近に控え、退職を祝うパーティーに参加し、帰宅途中の電車の中で同僚と楽しげに話している最中に突然発作を起こして倒れ、その数時間後に息を引き取った。そこから何もかもが変わった。

 父は優しい性格であったが、まじめで仕事を休むことがなかったため、在職中は父の仕事のため長期の海外旅行がかなわなかったが、私の母は、父とともに退職後は行こうとパンフレットを集めていろいろ計画し、語学を勉強していたのに、すっかり予定が変わってしまった。まずしなければならないことが、父の葬儀、相続手続きに変わってしまった。そして今後の人生設計をしなおさなければならなくなった。私を含めて子どもたちは既に独立しているので、突然ひとりになったのである。

 父の死去から数年経ち、母にその時の心境をインタビューしてみた。

 あとひと月あまりで39年の勤めを終えて、定年退職を迎える夫。ある朝、「今日の最終講義で全ての仕事が終わる。あとは自由の身、何処へでも連れて行くよ」の言葉を残し出勤した夫。その日の夕方、私は暢気にも帰宅後の祝宴を準備し、帰るコールを待っていました。いつもの電話のベルに喜んだもの束の間、夫が帰途の電車内で倒れて、今救急車で搬送されている病院を知らせる友人からの電話でした。

 二月の午後6時半過ぎは暗く、寒々として、折からの雨が余計に心を冷やします。いつも呼ぶタクシーも出払って配車できない由、それでも急かせて病院に駆けつけると大柄な医師が夫の体に馬乗りになり人工呼吸を施している最中でした。近寄らないでと言われ、離れてその様子を眺めていましたが、少しして「臨終です」の挨拶。何が何だか、たった二時間前「今無事終了、これから皆と帰る」とメールがあったばかりで、信じる事など出来ません。

 余りに急な出来事で、自分の目の前で実際に起こっている事実なのに、どうしても自分の事と思えず、次々に訪れる関係者に御礼は言えても涙も出なくて妙に頭が冴えて冷静なのに我乍ら驚きました。ショックの大きい時って却って涙が出ないものなのだと知りました。

 体や心臓はガクガクしているのに保険証、家にあるお金を集めて用意したり、親戚や子どもたちに急を知らせたりする不思議な自分を見ました。亡骸となってしまった夫と家に辿りついた途端から人生は一変しました。

 夫は仏様と呼ばれ、私はその未亡人。

 葬儀社の人が家へ上り込み今後の式の手順をとパソコンを前に花輪の数、祭壇のスケール、人数、部屋の大きさなど写真を出して次々と価額を決めさせようと急かします。せめて子どもたちが揃う迄待って頂きたいと言っても、あと何分待てば良いか等言われ、根負けして葬儀社の言葉に従う外ありません。

 それでも二人の子どもたちが手分けして葬儀の諸般事、対応をしてくれて無事に見送る事が出来ました。さすがに我子だと頼もしく有難い事だと感謝したのですが、葬儀を終えて我家に帰るや、明日から仕事があるからと二人共から言われ、形見として夫の眼鏡と腕時計を懐にして帰ってしまいました。財産は放棄するから必要な書類は送ってと言い残して。今まで使っていた部屋なのにガランと広く温もりが消えています。
然し大変なのは実は翌日からが始まりでした。チャイムの音に玄関へ出れば金融会社、香典会社、人がこんなに悲しんでいるのに何と人の心の痛みが分からぬ人達だろうかと腹立たしく、話も聞かず帰ってもらいました。が、落ち着くと全て期限があり、打ち合わせが必要な用件ばかりだと気付き、今度はこちらから頭を下げてお出で願うことになり、恥ずかしいやら面目ないやら。

 職場へ後始末、挨拶回り、年金や退職金手続、病院への支払い死亡診断書の発行願い、役所に謄本依頼、金融機関へ名義書換、税務署に遺産相続、申告の書類作成、提出等、本当に必死で駆け回りました。この時ほど「誰か、傍らに居て!」と助けを求めたかったです。こんな心境の時はいつも夫が居てくれたんだ。共に暮した三十五年の歳月の重さ、存在感に今更乍ら気づくのでした。

 若い時は子供達の事、姑問題で揉めたこともありましたが、子供達が巣立ち夫の母を82才で送りました。そのあとの二人の生活の中で「母(姑)は貴女に感謝していた、いつもあんたには勿体ない奥さんだと言われていた」、と夫から聞かされ、熱いものが流れ、淀んでいた血液が浄化された思いになりました。35年間作り続けた弁当も夫の褒め言葉が添えられ、今迄一緒に歩んで来られて幸せだったなあと感じ、この人の喜ぶ事をしてあげたいと意識が変わって行くのが分りました。

 私の様な単純な者は一言が嬉しくて一瞬にして猫の様に従順になってしまうのです。

 それからは一杯夫と楽しもうと旅行に食事、夜のウォーキングと一緒の時間を過ごすことを増やし、後に付いて行動しました。

 バラ色の人生だった筈なのに、余りに早い永遠の別れ、神も仏も無いと思いました。

 何を食べても味もなく砂の舌触りで、食欲も無く、外に出て人に会うのも嫌でした。世界で一番の不幸な可哀想な私と決別出来たのは、お可笑しい事に例の香典返しの品選びに訪れた同年代の業者の「夫を亡くして、この仕事を始めて子育てをした」との一言でした。同じ境遇の人に会えた安心感から「こんな悲しい寂しい思いは主人に味わせたくない、私が残って良かったのかも」、と溢れる涙も拭かずに吐き出しました。口に出して人に話してしまうと、答えは貰わなくとも自分で心の整理が出来るものです。夫への想いも整理できてきました。可愛い教え子達に囲まれ、沢山の花束を受け、仕上げに自分の業績を発表した最終の講演もやり終えられ満足だっただろうと。友人達の談笑中、親友の肩に身を預け旅立った。それも一番の晴れ姿の日、何と陽気な夫にふさわしいことか。きっと笑んで昇って逝ったでしょう。

 長いトンネルを抜けて、私もやっとここ二年程前より一人きりで夫との思い出の地を訪れる気分になりました。誰にも告げず思わぬ所で命が果てることも覚悟の上で。どちらみち死ぬ時は一人。私も喜びの中で去りたいな。子どもたちもおふくろらしいと笑って許してくれるでしょう。子どもたちからは父も母も幸せな人生だったと思って欲しいです。

おわり

 突然死はショックが大きいがむしろその後の出来事や心境の変化をあらためて聴くことができた。

 最初からシングルも、死別の女性も、離別の女性も、みなシングル。だから、安心して老いるために知っておきたい。

それでも私は生きている
 パートナーが死亡すると、どう感じるだろうか。戸惑うと同時にホッとする人もいる。
 死別すると向き合わなければならないのは、まずは混乱であるが、その後大切な人を失った大きな喪失感が訪れる。死に行く時間が長ければそれなりに準備もできるが、私の父のように前触れのなく突然死して、また、他の家族がおらずひとり暮らしの場合には、その喪失感は大きい。母の親戚もこのようなことを心配しても父の死後は、よく母に連絡を取ってくれ、外出に誘ってくれていた。

 パートナーと一緒に暮らしてきて、そのパートナーと一緒にいるのが自分であるとなんとなく、受け入れてきた人にとって、突然、私は誰なのかという難問に向き合わされてしまう。 

 こんなとき、なにか工夫できることはないのか、と書籍に頼ってみた。下記は女と健康運動のなかから登場した、ourselves growing older417頁からの引用である。

死期が近い人や、最近家族や友人に先立たれた人を支える方法
 その人が感じていることを表現したいままに表現できるよう、傾聴する。自分の悲しみを表現してもよいが、その人に「亡くなってよかった」とはいわないように。長い病気の末に亡くなった場合もそうである。
気が紛れるような話題を提供する。でも沈黙が訪れたらそれを尊重し、沈黙を埋めようと無理やり言葉で埋め尽くしてはいけない。あなたがそこにいるだけで相手にとっての支えになっているのだから。

 あなたが死期が近い人や、最近家族や友人に先立たれた人を気遣うようにし、彼女らがあなたを気遣うことを期待しない。家を訪ねる場合は何か食べ物を持っていってあげるようにする。

 会いに行けなければカードや手紙を送ってあげる。

 手伝えることはないか訊ねてみる。このとき、できるだけ具体的に「土曜日に2時間空いているのだけれど何か買い出しに行こうか?」などと聞いてみる。

 いずれにしても、パートナーと仲が悪かった人だけでなく、仲が悪くなかった人でも、ホッとする瞬間が訪れることが多い。

死からもらったもの
 パートナーとの死別によって、これからは自分だけのスケジュールで生きられる、とハッと気づいた人もいる。慣れていない日常の始まりだが、だったら、それは自分の人生の中での「新しいこと」でもあるのだ。ひとりであることの風通しのよさを感じる一瞬があるとすれば、それこそ「ひとり分の自分」の良い点であり出発である。

 

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